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フェアアイルとは③

投稿日:2019年9月2日 カテゴリー:【ニット】


フェアアイルの多様性(ジム×コムデギャルソン)

19世紀中頃の模様では、フェアアイル編みは、色々な十字や形が中にある大きな6角形と、それをつなぐ垂直線や対角線を構造としており、これが伝統的な「OXO(オーエックスオー)」模様といわれています。中間は、各々に違う1色の地の色、または広い帯状に2色使いの地の色を持つ、様々な「ピーリー(小さい)」という模様です。器用な編み手は、多様な模様を編みだしました。1枚のセーターに同じ模様を繰り返さないことは編み手の誇りです。1段に2色しか使わず、全てのデザインを作り出し、編まない色の毛糸は裏側にわたされています。古いフェアアイル模様に使われている色は、羊毛の自然の色合いで、黒、「ムーリット」と呼ばれる茶色、灰色、鹿毛色、クリームなどがあります。玉葱で染めた金色、茜の赤、インディゴブルーといった色も使われました。茜とインディゴは輸入されたもので、シェットランドで最初に使われたのは1840年頃です。スコットランド本島からの工場染めの毛糸が徐々に使われるようになる1920年頃まで、こういった色がフェアアイル編みに使われていました。世紀の変わり目以前に作られたもので現存しているフェアアイル編みは、帽子、スカーフ、手袋、靴下といった小さなもので、1900年代になって初めてオールオーバー模様のフェアアイルセーターが現れます。漁師のガンジーと良く似た、はぎ目が無く、筒状に編まれ、袖は肩の方から編み下ろしてありました。こういったセーターは、もともと地元の漁師の日常の仕事着として編まれました。しかし1921年に、皇太子(後のエドワードⅧ世)が、贈られたフェアアイルセーターをセントアンドリュース・ゴルフ場で着た頃から、フェアアイル編みの人気が徐々に上がりました。皇太子がこのセーターを着た肖像画をヘンリー・ランダー卿に描かせたので、フェアアイルが流行するようになりました。第二次大戦中、シェットランドとフェアアイルの編物は再び人気を得ました。妻や恋人への御土産にと、島に駐留した兵士達がしばしば買い求めたからです。後に、ノルウェーの模様が広い伝統的なフェアアイルに影響を与え、沢山のセーターが水平の帯状ではなく、垂直に編まれるようになり、ノルウェーの編物につきものの、星や木のモチーフが用いられました。この傾向は未だにシェットランドの漁師に人気があります。1960年台頃にはフェアアイル模様はほとんど消え去っていました。シェットランド出身の母親を持つマーガレット・スチュワートがこの事に気付いて、しっかりとした模様の帯や伝統的な色に返るように編み手を励ましました。その後、シェットランドの手編みへの関心が再び一般的になり、石油の発見から得られる収益が編物産業に投資されています。このため、シェットランドの編物は、将来にわたっても島の経済の重要な地位を占めることでしょう。