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私が作りたかったのは地域と皆とともに歩むそんな会社でした②

投稿日:2019年9月19日 カテゴリー:【メディア八木原】



板倉 そうした経験を積み、独立したのが25歳。なぜ原宿という街で創業しようと思ったのですか?
八木原 せっかく独立して自分の会社をやるのですから、すでに完成された街ではなく、発展途上の新天地で勝負してみたかったんです。いろいろと探した結果、明治神宮や東郷神社といった歴史的な施設があり、そして美しい表参道の並木道がある原宿に決めました。それが昭和40年、オリンピックの翌年でした。当時の原宿はまだ閑静な住宅街で、今のようなファッション街という兆しなんて、微塵もない頃です。ただ、オリンピックをきっかけとした復興事業の流れから、東京は大きな発展を遂げていて、いずれ原宿もその流れに乗るのではという予測はありました。当時レオンという喫茶店があり、そこに浅井慎平をはじめとした、感度の高いカメラマンの卵たちが集まったりしていましたからね。
板倉 レオン!懐かしいですね。我々にとっては、憧れの喫茶店でした。あの頃は竹下通りも民家が並んでいたとか。
八木原 ええ、明治通りも風呂屋や草履屋、焼肉屋もありましたね。まさしく下町という感じでしたよ。表参道には、代々木公園に米軍施設がありましたから、米兵向けのお土産屋がありましたけどね。それが、今でもあるオリエンタルバザーです。
板倉 今からは想像できないぐらい静かな街だったんですね。会社をはじめるにあたって、目標としたことは?
八木原 地元地域への貢献、環境への貢献、そしてやはり日本一になるという3つの目標を掲げました。ただし、それらを実現するためには、持続性のある会社を作る事が必須。原宿には若くして成功した社長がたくさんいます。何人も見てきましたが、大抵は続かない。一瞬の成功で満足してしまう人が多いんです。一発当たるとつい浮かれてしまう気持ちはわかりますが、むしろそこが我慢すべきタイミング。ちゃんと税金を払い、余ったお金は散財せずに内部留保して、会社の地固めを着実にすることが重要です。
板倉 優良申告法人として認定されている会社の会長が言うのだから、とても説得力があります。
八木原 渋谷には法人が5万数千社ありますが、優良申告法人として認められているのは140社程しかありません。創業して8年目に、当時全国最年少で頂いたのはとても光栄でした。昨年は国税庁長官賞も頂きましたし、まぁ税金をちゃんと収めるのは当たり前のことなんですが。

③に続く