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私が作りたかったのは地域と皆とともに歩むそんな会社でした③

投稿日:2019年9月21日 カテゴリー:【メディア八木原】



板倉 原宿と聞くと新陳代謝が活発な街というイメージが強いですが、実は会長のような方々をはじめ、堅実な会社がしっかりと地固めをしている上で成り立っているのが理解できました。
八木原 昔からある老舗や商店会などの連携がすごく密です。そして、住民の方々の結びつきも強い。原宿は、昼はとても賑やかですが夜は真逆にとても静かでしょう。それは住まれている方々の生活に配慮して、大規模な飲食店などを入れない決まりを作っているからなんです。そして安全な街であるために、警察ともしっかり連携しています。私自身もここで暮らし、子供も育てましたから。
板倉 まさに原宿の父ですね。
八木原 いやいや、周りがそう言っているだけですよ。でも、私みたいに商売をする地域と密着感を持ってやっているのはアパレルでは珍しいでしょうね。
板倉 原宿の今昔すべてを知る八木原会長ですが、原宿が大きく発展を遂げるきっかけとなったのは、何だったんでしょう?
八木原 いろいろな要素があるので、これひとつに断定は難しいですが、少なくとも若者カルチャーを象徴する街という印象をはじめに作ったのは、ホコ天ブームでしょうね。ファッションだけでなく、歌や踊りといった、カルチャー全体の発信地となる起点だったと思います。
板倉 そんな中、ラフォーレ原宿がランドマークとして完成したと。
八木原 そうですが、実は当初あまりうまくいってなかったんですよ。そこで相談を持ちかけられて、私が設立したのがハイパーハイパーという会社です。取り組んだのが、徹底して若者をターゲットにすること。物を売る相手という意味ではなく、作り手もそうあるべきと考えたんです。だから、インキュベイト機能を確立し、ラフォーレ原宿でまだ世に出ていないデザイナーやクリエーターを支援する。いわば登竜門的な取り組みをやりました。
板倉 それが、新しいものや流行に敏感な若者をキャッチしたんですね。そして、今や‘カワイイ’が世界的に知られるようになるなど、日本だけでなく、世界の若者の聖地となったわけですが、今後この原宿で成功を目指してくる若者に、何かアドバイスは?
八木原 チャンスを求めて、原宿には多くの若者が訪れてきます。私のところにもよく来ますが、成功するのは簡単ではありません。まず、他人にはない自分だけが持っている光るものがあること、そして信念を持ち、努力を怠らないこと。時代が違うので全てが今に通用するわけではありませんが、意外とこうした当たり前のことができず、運や出会いだけで、労することなく成功できると思っている人が結構多い印象があります。また、自分だけの利益を追求するのではなく、公益を求める心意気も持ってもらいたいです。
板倉 そうした若者に対してジジイ世代である私たちができる事は何だとお考えですか?
八木原 積極的に関わっていくことでしょうね。私も区長や商店会長たちと連携して、積極的に原宿の街作りに貢献させて頂いています。余談ですが、以前、海外アーティストのミュージックビデオが、原宿を舞台にした内容だったんです。お洒落な若者達と共に、渋谷区長や商店会長と並んで、私も喜んで出演させて頂きましたよ(笑)

https://www.youtube.com/watch?v=VT_G-ZLaWFQ

③へ続く